他の人の物語に触れてみる

りんさんの魂の物語 〜「わたしにだけ見えている、その先に」〜

この物語は、分析や診断ではなく、りんさんの内側にすでにある感覚を、物語として映し出すものです。

一度で理解しようとせず、心に残る言葉を拾うように読んでみてください。

 

りんさんの魂の物語 〜わたしにだけ見えている、その先に

「これ、面白そう」

そう思った瞬間は、速い。

まだ何も決まっていない。
うまくいく保証もない。
ちゃんと説明できるほど、考えがまとまっているわけでもない。

それでも、

「やってみたい」

と思う。

頭で考えるより先に、身体のどこかが反応している。

そして不思議なことに、何かに心が動くと、その先に人が見える。

「あの人と一緒にやったら面白そう」

「あの人は、ここで力を発揮するんじゃないかな」

「この人とこの人がつながったら、何かできるかもしれない」

まだ何も始まっていないのに。

わたしの中では、人と人が動き始めている。

そんなときのわたしは、とても軽い。

「とりあえず、やってみようよ」

できる理由が全部そろうまで、待っていたいわけではない。

むしろ、

「やれば、なんとかなるんじゃない?」

と思っている。

けれど。

いつも、そんなわたしだけでいられるわけではない。

少し遅れて、もう一人のわたしが出てくる。

「ちょっと待って」

と、その人は言う。

「それで、本当に大丈夫?」

さっきまで走り出しそうだったわたしが、そこで止まる。

「何が?」

「ちゃんと考えた?」

「考えてるよ」

「本当に?」

そう言われると、急にいろいろなものが見えてくる。

ここは、まだ決まっていない。

これも必要になるかもしれない。

この先こうなったら、こっちも考えておいた方がいい。

この人にお願いするなら、ここも整えておきたい。

一つ見つけると、その先にもう一つ。

さらに、その先にも。

気づけば、

さっきまで「面白そう」としか思っていなかったものの中に、

いくつもの「まだ」が見えている。

思えば、わたしは昔から、

ひとつできるようになると、その先が見える。

「ここまでできた」

と思うより先に、

「でも、次はここだよね」

が見つかる。

誰かに、

「もう十分じゃない?」

と言われても、

「いや、でも、まだここがある」

と本気で思う。

もっとこうできる。

ここを変えたら、もっとよくなる。

この人だって、まだこんなことができる。

これとこれをつないだら、もっと違う形になる。

だから、

「まだ足りない」

と思う。

それは、向上心なのだと思っていた。

もっと良くしたいから。

もっとできるようになりたいから。

実際、それで進んできたこともたくさんある。

でも、ときどき。

その「まだ」が、

違うものに変わる。

「このままで、大丈夫?」

という感覚。

そうなると、急に落ち着かなくなる。

「じゃあ、何があれば大丈夫?」

と考える。

もう少し知っていたら?

もう少しできるようになったら?

もう少し準備が整ったら?

もう少し確かなものがあったら?

そこまで行けば、

「もう大丈夫」

と思える気がする。

だから、足す。

調べる。

考える。

学ぶ。

できることを増やす。

わたしは、それができる人でもある。

一度必要だと思えば、ちゃんと動ける。

だから、そのたびに、

「これで大丈夫」

に近づいているつもりだった。

なのに。

ひとつ手に入ると、

その先が見える。

「あ、だったら、次はこれも必要だよね」

また「まだ」が現れる。

まるで、少し高いところまで登るたびに、

それまで見えなかった景色が見えるみたいに。

見える範囲が広がるほど、

まだ行っていない場所も増えていく。

「ねえ」

心の中で、誰かが聞く。

「いつになったら、十分になるの?」

分からない。

「どこまで行ったら、安心する?」

それも、分からない。

「じゃあ、何が足りないの?」

……分からない。

分からないのに。

足りないという感覚だけは、なぜかある。

わたしは、分からないままにしておくことが、あまり得意ではない。

「で、結局どういうこと?」

「じゃあ、どうしたらいい?」

「どっちへ行けばいい?」

答えが欲しくなる。

できれば、早く。

だって、答えが分かれば動けるから。

わたしは、動くことが怖いわけではない。

むしろ、一度決まれば速い。

「分かった。じゃあ、やろう」

そこからは迷わない。

調べる。

考える。

人に聞く。

必要ならやり方を変える。

誰に頼めばいいかも考える。

どうすれば一番早く形になるのかも考える。

だからこそ、

決まるまでの時間が、もどかしい。

「もう少し待ってみたら?」

そんな声も聞こえる。

でも、すぐに別のわたしが言う。

「待って、それでどうなるの?」

「分からない」

「じゃあ、調べた方がいいんじゃない?」

そうして、また探し始める。

知っていそうな人。

自分にはない視点を持っていそうな人。

何かの情報。

ふと目に入った言葉。

偶然とは思えない出来事。

「これって、何か意味があるのかな」

そう思う。

わたしには、もともとそういう感覚がある。

説明できないけれど、

「こっちな気がする」

と感じること。

人に会った瞬間に、

「あ、この人」

と思うこと。

不思議なくらいタイミングが重なって、

「やっぱり、そういうことだったんだ」

と思うこと。

目に見えるものだけが、すべてではない。

それは、わたしにとってそれほど不思議なことではない。

むしろ、見えないものから何かを受け取ることで、動けたこともあった。

だから、その感覚は大切にしたい。

でも、ときどき。

分からなくなる。

わたしは今、

何かを感じているんだろうか。

それとも、

答えが欲しいんだろうか。

「これで合っているよ」

「そのまま進めば大丈夫」

そんな言葉を、どこかで待っているだけなのだろうか。

「ねえ、本当は何が欲しいの?」

また、誰かが聞く。

「答え」

すぐに返す。

「どうして?」

「分からないままじゃ、進めないから」

「本当に?」

少し黙る。

進めないわけではない。

本当は、進もうと思えば進める。

「じゃあ、どうして答えが欲しいの?」

分からない。

すぐに答えが出ない。

それがまた、少し落ち着かない。

「ほら、また答えを探してる」

そう言われて、少し笑う。

そして、ふと浮かぶ。

もしかしたら。

わたしが欲しいのは、

答えそのものではなくて、

「大丈夫」

なのかもしれない。

この選択で大丈夫。

この先も大丈夫。

今のわたしで大丈夫。

今あるもので大丈夫。

その「大丈夫」を確かめるために、

わたしは答えを探しているのかもしれない。

でも。

そこまで考えたところで、

もう一人のわたしが言う。

「でも、誰かに決めてもらいたいわけじゃないでしょう?」

それは、はっきり分かる。

違う。

誰かに、

「あなたはこうすればいい」

と言われて、その通りに生きたいわけではない。

むしろ、それだけでは動けない。

最後は、

自分が納得したい。

「うん。これならいい」

そこまで自分の中で落ちたとき、

わたしは強い。

だから不思議なのだ。

最後は自分で決めたいのに、

どうして、こんなにも外に答えを探しに行くんだろう。

そんなことを考えていると、

まったく別のわたしが突然顔を出す。

「ねえ、それより、これ面白くない?」

急だ。

さっきまで、

「まだ足りない」

「どうしたらいい?」

「何が正解?」

と考えていたのに。

何か面白そうなものを見つけた瞬間、

空気が変わる。

「これ、あの人とやったらいいんじゃない?」

また、人の顔が浮かぶ。

「あの人には、これをお願いして」

「ここは、あの人の方が得意」

「この人とこの人がつながったら、もっと面白くなるかも」

頭の中で、勝手に人が動き始める。

そして不思議なことに、

さっきまであんなに

「足りない」

と思っていたのに。

未来の方を向いた瞬間、

わたしは突然、

あるものを見つけ始める。

この人がいる。

あの人もいる。

これまでやってきたことがある。

知っていることがある。

できることがある。

あの経験も使える。

これとこれを組み合わせられる。

「だったら、できるんじゃない?」

さっきまでのわたしとは別人みたいだ。

「ねえ」

少し遠くから、さっきのわたしが聞く。

「足りないんじゃなかったの?」

「足りないよ」

反射的に答える。

でも。

少し考えてから、付け加える。

「……でも、あるものも、結構あるね」

もしかしたら。

わたしは、

「ないもの」を見つけるのが上手なのではないのかもしれない。

本当は、

「まだここにはないもの」が見えているのかもしれない。

今より先。

まだ形になっていないもの。

この先、必要になるもの。

もっとこうなれる、という可能性。

だから、

今との間にある距離も見える。

「ここまで行ける」

が見えるから、

「まだここにいる」

も分かってしまう。

もし、そうなのだとしたら。

わたしが何度も感じてきた、

「まだ足りない」

には、

別の意味もあるのかもしれない。

でも、その「まだ」が、

いつも希望になるわけではない。

ときどき、

「今のわたしでは足りない」

に変わる。

「もっと持っていなくちゃ」

に変わる。

「ちゃんと準備できていないと危ない」

に変わる。

そして、

「早く答えを見つけなくちゃ」

になる。

同じ「先を見る」でも、

あるときはワクワクして、

あるときは不安になる。

その境目が、まだよく分からない。

ただ、一つだけ気づいたことがある。

わたしが、

「面白そう」

と思っているとき。

誰かの可能性を見つけたとき。

「この人とこの人がつながったら」

と考えているとき。

わたしは、

足りないものではなく、

あるものを使って、その先を見ている。

人。

経験。

アイデア。

感覚。

それまで積み重ねてきたもの。

一つひとつは、当たり前すぎて、

自分では価値があるとも思っていなかったもの。

でも、それらをつないだ瞬間、

まだなかったものが見えてくる。

だからなのかもしれない。

わたしの中では、

人はいつも、

「今いる人」のままで終わらない。

この人には、まだ何かある。

この人とあの人が出会ったら、何かが起こる。

ここにこれを加えたら、次へ行ける。

気づけば、

目の前にいる人の向こうに、

まだ存在していない景色を見ている。

そして、その景色が見えているときのわたしは、

強い。

速い。

迷わない。

「やってみよう」

と言える。

たぶんこれからも、

「まだ足りない」

と思う日はある。

もっと必要だと思うこともある。

早く答えが欲しくなることもある。

誰かに、

「大丈夫」

と言ってほしくなる日だって、きっとある。

それを全部なくさなければいけないとは、もう思わない。

ただ、そのたびに少しだけ、

聞いてみてもいいのかもしれない。

「わたしは今、何を見ている?」

本当に足りないものなのか。

この先に必要になるものなのか。

それとも、

「足りなかったらどうしよう」

という不安なのか。

そしてもう一つ。

「今のわたしには、何がある?」

すぐには答えられないかもしれない。

なぜなら、

足りないものを見つける方が、

わたしにはずっと簡単だから。

でも。

人のことなら、見つけられる。

「あの人には、これがある」

「あの人は、ここがすごい」

「あの人なら、これができる」

そして、人と人をつなぐと、

その先まで見える。

だったら。

いつか、

同じように自分を見ることもできるのかもしれない。

「わたしには、これがある」

「これも、もう持っている」

「これとこれをつないだら、何ができるだろう」

そうやって自分を見たとき、

これまでとは違う未来が見えるのかもしれない。

まだ、そこに名前はない。

なぜわたしが、こんなにも先を見てしまうのか。

なぜ「まだ」が、ときに希望になり、ときに不安になるのか。

なぜ一人でできることも多いのに、最後には人の顔が浮かぶのか。

それが全部、どこにつながっているのか。

まだ、分からない。

だからきっと、

わたしの中の誰かはまた、

「で、答えは?」

と聞く。

でも今は、

すぐに答えを出さなくてもいいような気がしている。

だって。

「足りない」と思って未来を見ていたわたしの中に、

ずっと、

まだここにない未来を見つけていたわたし

もいたから。

そして、その未来を見たとき、

なぜかいつも、

そこには人がいる。

まだ形になっていない。

まだ説明もできない。

けれど。

わたしの中で、人はいつも未来につながっている。

そのことだけは、

もう偶然ではないような気がしている。

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